「久しく実をつけることなく、畑に影さすばかりでございます」と地主さんが言うので、頂戴することにした。幹の直径およそ60㌢、僕とほぼ同い年の胡桃の老木。伐採して薪にする。
切り込むと、茶黒い樹液がドクドクと流れた。チェンソーの刃に飛沫が散って膝を濡らした。芯へと向かうにつれ切粉が黒く色を変えた。中から腐食が始まっているらしい。追い口にクサビを咬ませ、しばらく様子をうかがった。
何気に胸騒ぎを覚えるのは、一種異様な風骨の老木への畏怖だろう。根を張り枝を張り、幾万の種子を産み落とした歳月……この手でそれを断つ恐れ。
切れ筋が静かに口を開け、ゆっくりとかしいでゆく刹那、樹上で絡む藤蔓に引かれて老木は身をよじり、軋み、鳴いた。枯れ枝が頭上から降り掛かり、藪ですくんでいた山鳩が舞い上がった。
倒れれば薪…..運び出しに丸二日掛かった。重くて難儀した。